スポーツ(バスケ)

比江島慎の父と母と兄は?出身と中学高校・経歴とイケメン画像も!

こんにちは、るほりです。

バスケットボールのワールドカップが開催されています。

今回の代表チームは“日本版ドリームチーム”と呼べるほど、実力も存在感も世界レベルのようです。

世界の強豪32ヵ国で競われる「FIBAワールドカップ2019中国大会」

日本はアジア地区予選(オセアニア地区のオーストラリア、ニュージーランドを含む)を突破し出場権を手にしました。

当時の世界ランク10位オーストラリアを撃破した試合は、世界をアッと驚かせました。

八村塁選手が、NBAに入り日本も盛り上がっているのではないでしょうか。

今回は、ワールドカップに出場している、バスケットボール日本代表の比江島 慎(ひえじま まこと)選手について調査したいと思います。

比江島慎の父と母と兄は?

 

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比江島慎選手には、お兄さんがいます。

母の淳子さんは、昨年(2018年)4月に57歳の若さで亡くなられました。

比江島選手はお兄さんは章さんといって、章さんの影響で小学1年生の時にバスケットを始めています。

3年生からレギュラーで活躍し、6年生では全国大会で1位となりました。

そこで比江島選手は、強豪校である校区外の百道中学校の入学を願い出ると、なんと家族で話し合い、一家で引越しをしています。

高校も京都の洛南高校への進学を申し出て、親戚の家に下宿しながら通いました。

章さんは、「それまでは応援したい気持ちと、悔しい気持ちが半々だった。でも高校から県外に出て挑戦し、結果を残し続けた。自分がやれなかったことをやってのけ、素直に応援するようになった」と語っています。

兄として、お父さんもいない中、章さんは父親的な役割もされていたのかもしれませんね。

弟の進学に合わせて、自分の学校が遠くなるのにもかかわらず、弟のために引越しをしています。

章さんは、弟中心の生活に複雑な気持ちだったのではないかと思うと、少し切なくなりました。

お母さんは、子供2人を女手ひとつで育て上げ、比江島選手のサポートをしてこられました。

清掃業をしながら、比江島慎選手のマネジメントの会社を立ち上げ、海外へも応援に行かれていたそうです。

契約交渉やスケジュール調整、グッズ販売といった実際の業務は淳子さんが請け負い、別の会社に勤めていた章も手伝っていました。

移籍先を探していた途中の18年4月21日、突然の病で淳子さんは亡くなられました。

しかし、約10日後には比江島選手は試合へ復帰するなど、気丈さをみせています。

それを見て章さんも奮い立ったそうです。

「『おれもう大丈夫やけん、きつくなるけど頑張って』と言ってくる姿に尊敬した。あいつが頑張っているから、自分も頑張ろうと。母親が残した最後の仕事を実らせようと思い、会社を辞めて業務を引き継ぎ、18年夏にオーストラリアへの移籍を実現させた」といいます。

母が付けたマネジメント会社の名は「ステラリアン」。

イタリア語で星を意味するステラと、フランス語で絆を表すリアンを合わせたそうです。

五輪出場を目指し、家族の絆で進んできた比江島家で、章さんにはもう一つ目標があります。

「慎は若いころからNBAに行きたいと言っていた。米国でもオーストラリアでも欧州でもいい。もう一度海外挑戦できるよう、手助けしたい」と全面的にサポートしています。

比江島慎の出身と中学高校・経歴とイケメン画像も!

 

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. 今日は色々あり過ぎて… ショックで言葉が出なくて… ただ「マジか…」しか出ない。 比江島 慎 選手… ありがとうございました! 初めてバスケを観に行って… 二度目に観に行ってから… 比江島さんを目で追う自分に気づいた… バスケ経験してないけど… 上手だな、かっこいいな程度のファンですが… 本当に凄い選手だって思った。 オフの時のギャップも好きで…(笑) 勝手にマコちゃんと呼び… どんどんシーホース三河にハマっていきました。 . もうWAで会えないのは辛いけど どこへ行っても比江島ファンの1人です! . 海外なら諦めもついたなぁ… 国内移籍かぁ… 栃木かぁ… 青援から黄援に… 遠くから黄援してますっ! . #比江島慎 #比江島慎選手 #シーホース三河 #栃木ブレックス #青援 #黄援 #ありがとう #感謝 . 写真は公式さんより、お借りしました。

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比江島 慎プロフィール

【名前】   ひえじま まこと

【生年月日】 1990年8月11日(2019年9月現在29歳)

【出身】   福岡県

【中学】   福岡市立百道中学校

【高校】   洛南高等学校

【大学】   青山学院大学

【所属】   宇都宮ブレックス

【ポジション】シューティングガード/ポイントガード

【身長】   190cm

【体重】   88㎏

6歳から本格的にバスケットボールを始め、古賀プレイスに所属しました。

3年生の頃から試合に出場し、6年生ではミニバスケットボール

全国大会1位でした。

兄の章さんとの1対1でメキメキと上手くなっていきました。

《中学時代》

全国大会に出場し、エースとして活躍し3位でした。

《2006年・高校入学》

洛南高等学校に進学し、1年生の時から出場し、インターハイ決勝戦で敗れて準優勝だったが、自身は20得点をマークしました。

2年時よりスターターとなり、1年時、2年時、3年時のウィンターカップで優勝し、男子では史上2校目となるウィンターカップ3連覇の立役者となりました。

《2009年・大学入学》

4年生時の関東大学リーグ戦で3連覇に貢献してMVPを受賞しました。

インカレでは2010年と2011年に2度優勝し、2年連続で優秀選手賞を受賞しました。

4年生時の2012年は準優勝で敢闘賞を受賞しています。

《2013年~・社会人》

4月よりアイシンシーホース三河に加入しました。

1年目よりスターターで53試合に出場し、ルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。

Bリーグのシーホース三河を2018年7月に退団し、リンク栃木ブレックスへ移籍しました。

8月2日にオーストラリア・NBLのブリスベン・バレッツヘ移籍するが、2019年1月5日、新加入選手の獲得に伴い、ブリスベン・バレッツを退団する事となり、4日後の1月9日、再びリンク栃木ブレックスへ入団しています。

《日本代表歴》

2011年日本代表候補に初選出され、2012年に日本代表に初選出され、ウィリアム・ジョーンズカップに出場しました

大田区総合体育館で開催されたFIBAアジアカップにも出場し、準優勝しています。

2013年は東アジア選手権で3位でした。

2014年、アジアカップで6位でした。

仁川アジア大会では5大会20年ぶりの3位入賞に貢献し、準々決勝ラウンドの中国戦でフィールドゴール成功確率100パーセント(3ポイント1本、2ポイント9本)で23得点を記録しました。

凄すぎる経歴ですね!

イケメン画像もありました!

まとめ

比江島選手は、母の淳子さんと兄の章さんとの3人家族でした。

昨年(2018年)の4月に、純子さんが急逝されました。

章さんは淳子さんが設立した比江島選手のマネジメント会社を引き継がれ、全面的なサポートをされています。

出身は、福岡県で、百道中学校、京都の洛南高校、青山学院大学とバスケットボールの強豪校に進学しました。

リンク栃木ブレックス所属し、2019年7月8日より宇都宮ブレックスへ名称が変更になりました。

日本人で初めてNBA選手となった田伏勇太選手も所属しています。

比江島選手は、2018年8月から2019年1月までの約半年間オーストラリアで経験を積んで、また栃木に帰ってきました。

現在行われているワールドカップは、トルコ、チェコに惜しくも敗退してしまいましたが、来年(2020年)の東京オリンピックの出場は内定しているようです。

オリンピックでは、チーム一丸となり、章さんと天国で見守っている淳子さんと私たちに、最高のプレーを見せて欲しいです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。