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川内優輝の嫁と弟もマラソン選手?経歴とマラソンの成績は?

川内優輝選手は、あいおいニッセイ同和損害保険に所属するプロランナーです。

川内優輝選手のお嫁さんと弟さん達もマラソン選手のようです。

いつも一生懸命に走る川内優輝選手の姿に感動します。

そこで、以下の内容でまとめてみました。

川内優輝の嫁と弟もマラソン選手?

川内優輝の経歴とマラソンの成績は?

この記事を読むことで、川内優輝選手について詳しく知ることができますよ。

川内優輝の嫁と弟もマラソン選手?

川内優輝選手の奥さんと弟さんお二人もマラソン選手です。

奥さんの侑子さん(旧姓:水口)は、岐阜県高山市の出身で、斐太高等学校から新潟大学に入ったようですが、実習などが多く、競技に集中できないという理由から三重大学に進学しています。

三重大学3年時に日本学生ハーフマラソンで優勝、大学4年時の日本インカレでは10000mで4位に入賞しました。

そして、2008年、ニューカレドニア国際マラソンに参加し、後に旦那さんになる川内優輝選手と出会いました。

デンソー時代は主力として全日本実業団女子駅伝(クイーンズ駅伝)3連覇に貢献しました。

2013年の熊日30㎞ロードレースで優勝、男子の優勝は川内優輝選手でした。

2019年3月に実業団を退社し、フリーのランナーに転身しました。

その後、同年5月のバンクーバーマラソンでは当時婚約者だった川内優輝選手とアベック優勝を成し遂げました。

2019年5月に結婚されました。

結婚後、夫婦そろっての参加となった河北新報錦秋湖マラソンの30㎞の部で、大会新記録で優勝し、ゲスト出場だった川内優輝選手も1位でした。

夫婦で出場した大会で揃って優勝することが多く、お互いに力が発揮できるんだろうなと思いました。

2020年4月、侑子さんは旦那さんの川内優輝選手が所属するあいおいニッセイ同和損保と所属契約を結びました。

川内優輝選手の弟さんはお二人で、上の弟さんが鮮輝(よしき)さん、下の弟さんが鴻輝(こうき)さんです。

鮮輝さん(2020年11月現在30歳)は、地方公務員、及び陸上競技選手(長距離走、マラソン、ウルトラマラソン)です。

男子マラソン種目の主な実績は、2017年四万十川ウルトラマラソン、隠岐の島ウルトラマラソン、柴又100㎞、2016年田沢湖マラソン、2013年古河はなももマラソンでの優勝などです。

2020年3月、プロランナーとして所属していたJaybirdを退職、4月より東京都国分寺市市役所に就職し、公務員ランナーとして競技を続けています。

一般女性と4年半の交際を経て2019年の秋に結婚されています。

鴻輝さん(2020年11月現在28歳)は、埼玉県久喜市の市議会議員、及び陸上競技選手(長距離走、マラソン)です。

大学卒業後に就職していた陸上部が2017年3月に廃部となり、2018年に市議会議員一般選挙に出馬し、当選しました。

男子マラソンの主な実績は、2018年石垣島マラソン優勝、2017年サイパンマラソン準優勝、2016年福知山マラソン優勝、2015年壱岐の島ウルトラマラソン優勝、アンコールエンパイアマラソン優勝、2014年グアムインターナショナルマラソン優勝などです。

2018年ユニバース埼玉代表で、久喜市くき親善大使の岡嶋彩さんと2020年2月に結婚されています。

このように、川内優輝選手の奥さんと弟さんお二人はマラソン選手です。

奥さんが同じ競技を頑張っていることは、支えでもあり力になるのではないでしょうか。

一緒に練習するなど、絆も深まりそうですね!

そして、兄弟で共通の頑張れるものがあることはいいですね!

さらに9か月で三兄弟全員が結婚するというのも、面白いですね!

お母さんの美加さんもびっくりされたのではないでしょうか。

川内優輝さんのお父さんの葦生(あしお)さん、川内優輝さんが高校3年生の時に亡くなられています。

「弟さんたちが成長するまでは、父親代わりにならないといけない」と2人の弟さんの手本になるよう陸上も勉強も手を抜かず、良き兄で、父親であろうとしたそうです。

素晴らしいお兄さんで、父としての役割もしていた川内優輝さんは素晴らしいですね。

川内優輝の経歴とマラソンの成績は?

名前:川内 優輝(かわうち ゆうき)

生年月日:1987年3月5日(2020年11月現在33歳)

出身:東京都世田谷区生まれ、埼玉県葛飾郡鷲宮町(現:久喜市)育ち

中学:鷲宮町立鷲宮中学校(現:久喜市立鷲宮中学校)

高校:埼玉県春日部東高等学校

大学:学習院大学法学部政治学科

所属:あいおいニッセイ同和損保、プロランナー

高校時代は県大会レベルの選手で故障を繰り返していたようです。

学習院大学時代に関東学連選抜の選手として、箱根駅伝に2度(2007年6区を区間6位、2009年6区を区間3位)出場しました。

奥さんの侑子さんと出会った2008年のニューカレドニア国際マラソンのハーフマラソンで優勝しています。

初のフルマラソンは、学習院大学卒業前の2009年2月の別府大分毎日マラソンで20位、東京マラソン2009は19位でした。

大学卒業後は実業団には進まず、当時陸上部のなかった埼玉県庁に入庁しました。

県の職員(埼玉県立高校・定時制の事務職員)として勤務する傍ら練習を続け、「市民ランナー」として大会に参加しました。

2010年1月の谷川真理ハーフマラソンでは1時間6分49秒で優勝、東京マラソン2010では優勝した選手に17秒差で2時間12分36秒で4位に入りました。

東京マラソン2011では、当時の自己ベスト記録を約4分更新する2時間8分台をマークし、日本人トップとなる3位に入りました。

日本陸上競技連盟の代表選考基準をクリアしたため、2011年9月開催の世界陸上大邱大会の男子マラソン日本代表に内定しました。

結果は日本人3番手の17位でした。

2011年12月、翌2012年8月開催のロンドンオリンピック国内選考レースの福岡国際マラソンに出場し、日本人トップの2時間10分を切るタイムで3位に入りました。

そのわずか2週間後の防府読売マラソンへ出場し、日本人トップの2位でゴールしました。

東京マラソン2012では14位に終わり、ロンドンオリンピック・マラソン日本代表に選出されませんでした。

筆者は選出されると思ったので、残念に思いました。

川内優輝選手はオリンピック代表選考に落選後も数多くのレースに出場し、

東京マラソン2012後の2012年は、悔しさをバネにしたのか次々と優勝しています。

《2012年》

4月15日:かすみがうらマラソン自身初のフルマラソン優勝

6月17日:隠岐の島ウルトラマラソン男子50㎞優勝

7月1日:ゴールドコーストマラソン日本男子トップの4位

8月26日:北海道マラソン2回目のフルマラソン優勝

9月16日:シドニーマラソン3回目のフルマラソン優勝

10月21日:ちばアクアラインマラソン4回目のフルマラソン優勝

12月16日:防府読売マラソン5回目のフルマラソン優勝

 

2013年は2月の別府大分マラソンで優勝、3月17日のソウル国際マラソンでは4位にとどまりましたが、2か月連続で2時間8分台を達成し、世界でも類をみない快挙を達成しました。

また4月21日の長野オリンピック記念長野マラソンでは、降雪の中、同マラソンでは日本男子として初優勝を達成しました。

2013年4月25日世界陸上モスクワ大会男子マラソンへ2大会連続2回目の代表選出となりました。

結果は、日本人4番手の総合18位でした。

2014年10月3日に開催された仁川アジア競技大会男子マラソンでは、最後のトラック勝負で離されてしまい僅差で敗れましたが、堂々の銅メダルでした。

2015年12月6日、リオデジャネイロオリンピック男子マラソン国内選考会の福岡国際マラソンに出場、左足がしびれるアクシデントがあり、日本人4番手の総合8位でした。

リオオリンピック最終選考会だった2016年3月6日のびわ湖毎日マラソンへ、一般参加選手として出走し、日本人5着の総合7位で、リオオリンピック男子マラソン日本代表選出もなりませんでした。

2016年12月4日、翌2017年開催の世界陸上ロンドン大会男子マラソン国内選考会・福岡国際マラソンにエントリー、練習中に右ふくらはぎを痛め、本番2日前にも左足首を捻挫し、周囲から欠場を勧められましたが拒否、鎮痛剤を服用し強行出場しました。

なんと、2時間9分台で日本人トップ・総合3位でゴールしました。

2017年8月6日に開催された世界陸上ロンドン大会に出場し、レース序盤で看板に激突や転倒など度重なるアクシデントがありましたが、自身最高順位となる、日本人トップの9位でした。

川内優輝選手は、痛みや転倒など、アクシデントがある時の結果がすごいですね!

2018年元日のアメリカ・マサチューセッツボストンで行われたマーシェフィールド・ニューイヤーズデイ・マラソンでは76度のサブ20(2時間20分未満)と、世界最多記録を更新、同年3月にギネス世界記録に認定されました。

2018年4月16日に開催された第122回ボストンマラソンでは、激しい雨と強風気温僅か3度の低温の中、記録は2時間15分台と平凡でしたが、初優勝を果たしました。

「公務員ランナー」として最後のフルマラソンとなった2019年3月10日のびわ湖毎日マラソンでは、日本人2着の総合8位で、自身13回目となるサブテン(2時間10分以内)も達成しました。

2019年3月末に埼玉県庁を退職し、4月からプロランナーに転向(あいおいニッセイ同和損保所属)、2019年10月5日に開催された世界陸上ドーハ大会に出場し、入賞を目指しましたが、2時間17分台の29位と惨敗でした。

2020年は、新型コロナウイルス感染拡大によりボストンマラソンなどが中止となり、公式レースに約半年の間出場できませんでした。

2020年12月6日(日)に開催された福岡国際マラソンに出場し、2時間13分59秒の記録で、19位でした。

上の弟の鮮輝さんも出場し、2時間21分17秒の記録で、45位でした。

川内優輝選手は、2020年12月20日、山口県防府市で開催された「第51回防府読売マラソン大会」に出場し、通算100回目の2時間20分切り「サブ20」を達成しました。

2018年に「サブ20」の達成回数78回でギネス世界記録に認定されており、100回という節目で再び申請するようです。

どこまで記録を伸ばすのか、楽しみですね!

まとめ

あいおいニッセイ同和損害保険に所属するプロランナーの川内優輝選手についてお伝えしました。

奥さんの侑子さんは同じあいおいニッセイ同和損保に所属するマラソン選手で、弟の鮮輝さんは公務員ランナー、鴻輝さんは市会議員ランナーでマラソン選手です。

川内優輝選手は、高校時代は県大会レベルでしたが、努力を重ね、大学時代は関東学連選抜の選手として、箱根駅伝に2度(2007年6区を区間6位、2009年6区を区間3位)出場しています。

大学卒業後は、公務員として勤務する傍ら市民ランナーとして多くの大会に出場しオリンピック出場こそありませんが、世界陸上に4回出場しています。

2018年に78回の「サブ20」と、世界最多記録を更新し、同年3月にギネス世界記録に認定されました。

そして、2020年12月21日に100回目の「サブ20」を達成しました。

川内優輝選手は多くの大会に出場することがトレーニングとなっているようです。

これからも「サブ20」の記録を更新し続けて欲しいです。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。