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忍足亜希子の現在が美しい!自分にしかできない仕事との出逢いとは?

忍足亜希子さんは、1999年に映画『アイラブユー』で、ろう者として初めての主演女優としてデビューした女優さんです。

2021年の5月から公開予定の映画『僕が君の耳になる』では脚本協力をされ、出演もされるようです。

忍足亜希子さんは、50歳という年齢ですが、とても美しいです。

『アイラブユー』のオーディションを受け、主演に抜擢されたことがきっかけで、自分にしかできない仕事と出逢い、輝き続けている忍足亜希子さんです。

聴覚障害というハンデを持ちながら、たくさんの夢を持ち、何度も夢を諦めた忍足亜希子さんが、自分にしかできない仕事に出逢い、輝いている姿は素敵だと思いました。

そこで、忍足亜希子さんについて以下の内容についてまとめてみました。

忍足亜希子さんの現在が美しい!プロフィールも!

自分にしかできない仕事との出逢いとは?

忍足亜希子さんの現在が美しい!プロフィールも!

忍足亜希子さんは、現在50歳という年齢ですが、とても美しいです。

画像を紹介します。

 

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さすが主演をされたことがある女優さんです。

何歳になっても、美しいですね!

次に、プロフィールをご紹介します。

名前:忍足 亜希子(おしだり あきこ)

本名:三浦 亜希子(みうら あきこ)

生年月日:1970年6月10日(2021年1月現在50歳)

出身:北海道千歳市

短大:青葉学園短期大学

職業:女優

所属:テンダープロ

4歳の頃に聴覚障害があることがわかり、横浜市に転居しろう学校へ入学、青葉学園短期大学卒業後、横浜銀行に5年間勤務しました。

1997年、27歳の時に手話の先生の紹介で『ノッポさんの手話で歌おう』(NHK教育)でデビューし、1999年には、映画『アイ・ラブ・ユー』の主演にオーディションで選ばれ、女優デビューを果たしました。

第54回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞や第16回山路ふみ子福祉賞などを受賞しています。

2002年の舞台『嵐になるまで待って』で共演した俳優の三浦剛さんと2009年に結婚し、2012年3月7日に娘さんがさんが誕生しています。

2019年1月よりSHOWROOMにて手話と筆談でのトーク番組の配信を開始してます。

参加したら手話を覚えることができそうですね!

2021年5月公開予定の映画『僕が君の耳になる』に出演します。

旦那さんである三浦剛さんとともに脚本協力もしています。

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自分にしかできない仕事との出逢いとは?

ろう者である忍足亜希子さんは、自分にしかできない仕事に出逢い、輝いています。

それは、女優という仕事です。

その女優という仕事に出逢うまでに、さまざまな葛藤がありました。

 

忍足亜希子さんのご両親は聴者で、忍足亜希子さんは聞こえないことにあまり引け目を感じたり、悲しんだりせずに育ったと語っています。

忍足亜希子さんが3、4歳の頃にご両親が聞こえていないことに気づき、当時の家からろう学校に通うのが難しく、4歳の時に家族で横浜に引っ越ししています。

子どもの頃の忍足亜希子さんは、絵を描いたり竹馬で遊んだり、ドッジボールをしたり、体を動かすのは大好きだけど、人前に出るのは少し苦手、「引っ込み思案でおとなしい女の子」でした。

ご両親は「聴こえないのではなく、人と違うだけ」という方針で、家でも口語(手話ではなく口の動きから意味を取り、声を出して会話すること)で会話をしていたといいます。

個性として捉えて子育てされたのが、素晴らしいと思いました。

幼稚部から通い始めたろう学校でも、先生と生徒のコミュニケーションはすべて手話ではなく、口語でした。

ろう者の方は、小さい頃から手話で話していると思っていたので、手話が禁止だったことに驚きました。

忍足亜希子さんは、ろう者ということを意識することなく暮らしていたといいます。

お父さんが全日空に勤めていたことで、家族旅行でよく飛行機を利用していたこともあり、キャビンアテンダントに憧れを抱くようになっていきました。

ろう学校の先生に「それは無理じゃないかな」「あなたは耳が聴こえないから、お客さん相手にコミュニケーションできるの?」と言われたといます。

今までろう者ということを意識しなかった忍足亜希子さんは、ろう者ということを意識し始めます。

忍足亜希子さんは確かにそうだなと思い、すぐに諦めたと語っています。

次に、絵を描くのが大好きで、「漫画家」になりたいと思いました。

でも先生から言われた言葉は「漫画家になるには勉強が必要だよ、言葉もたくさん勉強しなきゃいけないけどできるの?」でした。

ろう者は耳から情報が得られない分、語彙を増やすのに時間がかかるといいます。

勉強を嫌いだった忍足亜希子さんは、漫画家の夢も諦めました。

「できないよ」と言われ続け、中学生の頃には、夢を描かなくなっていました。

また、小学校高学年くらいから、家族や学校の外で「言葉が通じない」体験をすることが増えていきました。

耳が聴こえないことは、他人と違うことなのかもしれないと、思春期の繊細な忍足亜希子さんは、ろう者ということを意識していきました。

忍足亜希子さんは、高校までをろう学校で過ごし、夢を応援してもらえなかった経験から、自信がなくなっていきました。

高校を卒業する時期が近づき、就職か大学進学かの選択を迫られ、何をしたいかもわからず、当時の学力で就職したら大変だと思い、大学進学を決めました。

短大に合格しましたが、ろう者は忍足亜希子さんだけでした。

言葉の通じない経験を重ねていたことで、当時は「聴こえる人」が苦手だったそうですが、話しかけないと授業についていけない思い、優しそうな人や時間に余裕がありそうな人を見極めて話しかけていったといいます。

一歩を踏み出す勇気は、素晴らしいですね!

話しかけていくと、忍足亜希子さんが想像していた以上に協力してくれる人がいて、周りには大切な友人が増えていきました。

友人の方たちは、「助けてあげる」ではなく「一緒に頑張ろうね」という態度で接してくれたと語っています。

充実した短大生活を過ごしていた忍足亜希子さんでしたが、就職を控え再び「何をしたいのか」という思いにぶつかりました。

ろう者は組み立て作業や流れ作業の仕事がに就く人が多いそうですが、忍足亜希子さんは同じことの繰り返しは苦手と思い、募集があった銀行の事務職の障がい者枠に、推薦で就職を決めました。

業務に必要な筆談や口語でやり取りできても、朝礼での部長の話が理解できないなど、職場のコミュニケーションについていけない場面が多くありました。

そして、上司や同僚は助けようとしてくれたそうですが、「周囲に迷惑をかけている」という意識が、強くなっていきました。

何かあればすぐに謝り、周囲に気を遣い、仕事が終わるとぐったりと疲れていたそうですが、定年まで我慢するもんだと言い聞かせていました。

それでも、1年がたったころ仕事そのものに物足りなさを感じるようになり、「やりたいことを仕事にするのが大切なんじゃないか」と思い始め、「選択をしない」という選択をしたのです。

5年間務めた銀行を辞め、「やりたい仕事は何だろう」と自問自答する日々で、「海外を体験してみたい」「外国の人と会話してみたい」という思いから、仲のいい友人と一緒にハワイやオーストラリア、フィリピン、アラスカを旅行しました。

何事もやってみなきゃわからない、そういう「チャレンジ」が、やりたいことに繋がるんだろうと思ったとかたっています。

そんな時、手話通訳士の女性から「手話の番組に興味がないか」誘われ、テレビ出演します。

NHKの工作番組に出演していた「ノッポさん」と一緒に手話で歌を歌うというもので、幼いころからテレビでノッポさんを観ていた忍足亜希子さんは、驚きと、それ以上の喜びでいっぱいになりました。

昔は人前で手話をするのはよくないものと思っていたこともあり、手話ができる楽しさだけでなく、「自分だからできる仕事がある」という新鮮な喜びが満ちていきました。

26歳の頃には、ろう者の人物が登場する舞台作品のオーディションを受け、残念ながら二次選考で落ちてしまったようですが、とにかくやってみたいという思いで、気づいたら行動していました。

そして、主演作でデビュー作となった映画『アイ・ラブ・ユー』でのオーディションのことをろう者の友人から聞き、挑戦します。

ろう者と聴者の監督の共同制作で、ろう者の役者と聴者の役者の人数が同じくらい出演する作品で「面白そう」という気持ちとともに、「もっとろう者の本当の姿を知ってほしい」という思いも芽生えていきました。

落ちたと半ばあきらめかけていた時に「合格」と書かれたファックスが届きました。

撮影に挑んだ忍足亜希子さんは、銀行で働いていた頃と同じように大変なこともあったようですが、その大変さを超えるワクワクがあったのです。

忍足亜希子さんは『アイ・ラブ・ユー』以降も、テレビやドラマに出演する数少ないろう者の女優として、活動の場を広げてきました。

ろう者のより自然な姿を社会に知ってもらうために、役者になりたい若者をサポートしていきたいそうです。

2017年には、旦那さんである三浦剛さんと手話教室を開校し、手話講師としても活動しています。

 

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2021年5月公開予定の映画『僕が君の耳になる』には、夫婦で出演、脚本協力もされています。

2人組の男性ボーカル&手話パフォーマー・HANDSIGNの実話を元にして作られた曲「僕が君の耳になる」の映画化です。

織部典成さんと梶原瑞希さん(ろう者)がW主演を務めます。

ろう者の女優の先駆者で、自分にしかできない仕事に出逢った忍足亜希子さんは、これからも輝き続けるのではないでしょうか。

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まとめ

今回は、忍足亜希子さんについて、まとめました。

50歳という年齢ですが、とても美しい忍足亜希子さんのファンになりました。

夢を諦めていた忍足亜希子さんでしたが、「チャレンジ」したことで「自分にしかできない仕事」に出逢い、輝き続けています。

障害があるなしにかかわらず、将来のことを悩んでいる人は少なくないのではないでしょか。

どんな困難な状況でもあきらめないでチャレンジすることで、次につなげられることを教えてもらった気がします。

忍足亜希子さんと同じ年代で、同じ年の娘がいる筆者ですが、チャレンジを続けていこうと思いました。

2021年5月公開の映画『僕が君の耳になる』の公開を楽しみにしたいと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。