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餅ゴリは日本語が上手くて優しい?餅ゴリのお気に入りはミイヒ?

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こんにちは、るほりです。

最近、『NiziProject』(通称『虹プロ』)がずっと話題になっています。

TWICEや2PMが所属する韓国の大手芸能事務所JYPと、ソニーミュージックがタッグを組んで、日本発ののガールズグループを作るため大々的なオーディションが行われました。

デビューメンバーも決定し、ますます注目されるのではないでしょうか。

9人が合格し、グループ名は『NijiU』二ジューです。

私も朝の情報番組『スッキリ』を時々見ていてマコちゃんやミイヒちゃんが好きになりました。

そして、何よりプロデューサーのJ.Y.Park(パク・ジニョン)さんが気になりました。

餅が大好きでゴリラみたいだという理由で、餅ゴリとも言われているようです。

親しみがわきますね!

餅ゴリさんが候補生にかける、時に厳しく時に優しい言葉は、オーディション番組を見ている視聴者の心にも残る言葉で、重みがありました。

パフォーマンスの評価も素人目にはよかったと思っても、餅ゴリさんは厳しい評価をされる時もありました。

でも、餅ゴリさんは素晴らしいパフォーマンスに対しては本当に優しそうな顔をして見ていたのが印象的でした。

餅ゴリさんは日本語が上手いのか?

餅ゴリさんのお気に入りはミイヒちゃんなのか?

など、餅ゴリさんについて調査していきたいと思います。

餅ゴリは日本語が上手くて優しい?

餅ゴリプロフィール

名前:J.Y.Park(パク・ジニョン)

あだ名:餅ゴリ(餅が大好きでゴリラに似てるから)

生年月日:1972年1月13日(2020年6月現在48歳)

出身:韓国

職業:シンガーソングライター、音楽プロデューサー、実業家

身長:182cm

体重:74㎏

所属:JYPエンターテインメント(創業者)

小さい頃はいたずらっ子で、好奇心旺盛だったようです。

音楽がなればどこでも踊り出したたそうです。

お姉さんがピアノを習う時に一緒に習い、上達が早かったそうです。

そして、勉強もよくできたそうです。

お父さんの転勤で小学1年生の時に渡米し、2年余りニューヨークに居住しました。

この頃にマイケルジャクソンを知り、黒人音楽に感動してハマっていったといいます。

ダンスにも目覚め、ダンスバトルで1位をとったこともあるそうです。

韓国に戻ってからもアメリカの音楽やラジオなどに触れ、英語力を維持したそうです。

高校時代は生徒会長を務め、大学は名門の延世大学に進学しました。

21歳の時にデビューしますが、売れませんでした。

その後ディスコで踊っていたところを当時の人気歌手キムゴンモさんのマネージャーさんにスカウトされ、キムゴンモさんのバックダンサーとして1年程活動しました。

当時キムモンゴさんの曲を担当していた作曲家のキムヒョンソクさんとの出会いが、その後のパクジニョンさんの運命を変えることになります。

作曲の過程をみて、幻想的で素晴らしい曲の作り方を教えてもらいたいと弟子入りしたのです。

当時韓国では競争相手もいないほどの最高の作曲家だったようです。

キムヒョンソクさんの家に住み込んでノウハウを学び、ノートは2年半で100冊にもなったそうです。

このノウハウをなんとただで全て教えてくれたそうです。

パクジニョンさんの熱意と才能がそうさせたのかもしれないですね!

周囲の人はキムヒョンソクさんに「パクジニョンにはもう教えないほうがいいんじゃないか?」とアドバイスしたという話もありました。

そのアドバイスに対してキムさんは「全部教えて自分はもっと頑張ればいいだけ」と答えたそうです。

すごい師匠ですね!

パクジニョンさんはダンス歌手を目指すようになり、自身が作った曲を歌って多くの芸能事務所を受けましたが、すべて不合格でした。

曲もダンスも歌もいいけど顔がダメ、という理由で不合格になったオーディションもあったそうです。

「この歌だけ売ってくれない?」と声を掛けられ、きっぱり断ったというエピソードが有名のようです。

きっぱり断ったというのは、かっこいいですね!

全て落ちてしまったオーディションでしたが、関係者の口コミで創業したばかりの会社から歌手を育てたいという連絡が入り、そこへ入社しました。

そしてついに歌手デビューとなりました。

諦めないで頑張れば、見ていてくれる人がいるのかもしれないですね!

1994年にソロデビューし、デビュー曲は新人だった俳優のCMのBGMとして使用されました。

CMには「パクジニョン(曲名)」という名前が表記されていて、まだ名の知られていなかった俳優のチョンウソンさんのことをパクジニョンさんだと世間の人は勘違いしたそうです。

「パクジニョンはなんてイケメンなんだ!」

という噂が立ったそうです。

そのため、パクジニョンさん本人が歌番組のテレビ放送に出演した際は、イケメンの俳優が歌うと思っていた視聴者にとって衝撃的なステージとなったそうです。

その後、入社した会社はつぶれてしまいましたが、デビュー曲のヒットにより1996年自分の会社「テホン企画」を設立しました。

パクジニョンさんの歌手としての活動は、歌謡界での常識を打ち破る連続だったようです。

ダンス歌手といえばイケメンという中に独特の顔、奇抜なファッション、開放的な発言と現在よりはるかに保守的だった韓国の芸能界の異端児だったようです。

そんな時代にデビューから数々のヒット曲を出して、シンガーソングライターとして脚光を浴びたのです。

20年以上たった現在でも結婚式や学園祭などで歌われる名曲が多くあるようです。

一方で、さまざまな言動が誤解を招き、悪い評判がたつこともあったといいます。

しかし、「いつか見返してやる」という気持ちだったそうです。

それからパクジニョンさんは、1999年に男性5人組アイドルgod(ジーオーディー)をプロデュースし、デビューします。

godは爆発的人気で国民的グループへと成長し、パクジニョンさんはプロデューサーとしての才能を開花させました。

2001年に発売した自身の歌「swing baby」も興行に成功しましたが、これ以降は自身の歌手活動よりもプロデューサー業に専念しました。

この頃、社名を「テホン企画」からJYPエンターテインメントへと変更しました。

2000年代はさまざまな歌手のプロデュースを行い、出す曲はどれもヒットしました。

街で流れる曲は全部パクジニョンの曲というほどの名プロデューサーになりました。

2008年デビューの男性グループ「2PM」は、野獣アイドルと言われ、男性的な魅力でトップアイドルへと駆け上がりました。

2010年MissA、2014年GOT7、2015年TWICE、2018年StreyKids、2019年ITZYなど多くの人気グループを誕生させました。

これまでに発表した曲は500曲以上に上るそうです。

2012年~2014年には音楽著作権収入1位となりました。

それまでの1位は作曲のすべてを教えてくれたキムヒョンソクさんだったそうです。

パクジニョンさんが1位になったことに対して、

「いつか自分が1位でなくなる日が来ると思ったが、それがおまえで嬉しい」

と、とても喜んでくれたそうです。

素敵な師弟関係ですね!

音楽プロデューサーとして活躍する中、2019年にJYPと日本のソニーミュージック共同によるNizi Projectが始まりました。

2020年11月のデビューに向け、パクジニョンさんがオーディションで選抜した女の子たちをグローバルに育成するプロジェクトで、多くの注目を集めています。

ついにデビューメンバーが決定し、ますます注目されて行くのではないでしょうか。

朝の情報番組『スッキリ』ではNizi Projectのオーディションが放送され、毎回大きな話題となりました。

その中で、パクジニョンさんは日本語がうまく、もともと日本語が話せるのかと思いました。

しかし、このプロジェクトが始まる前は日本語はほとんで話せなかったそうです。

パクジニョンさんは、このプロジェクトのために日本語を学んだと『スッキリ』でも話されていました。

また「日本の方と音楽について深く話し合うために日本語を学んだ」と記者会見で話し、通訳を介してではなく自分の言葉で伝えたいという誠意と熱意を感じました。

それでは、パクジニョンさんの人柄を見ていきたいと思います。

パクジニョンさんは、数数の名言を残しています。

候補生の1人が「みんな自分だけのコンセプトを持ってるけど私にはない」と悩みを打ち明けた時にパクジニョンさんは伝えました。

「僕たちはみんな元々特別な存在なのだから、コンセプトは必要ないです。だから自分らしく、あなたはあなたでいて欲しいです」

「誰一人として同じ人間はいないのだから、自分を偽ってコンセプトを作らずに自分を見失わないで」というメッセージが込められていました。

次に選抜された26人を前にパクジニョンさんは伝えました。

「このオーディションは、僕たちが目指す目的に合わせてマッチングした人を見つけるものであって、皆さんが特別かどうかは、全く関係ありません。もし、皆さんが特別でなければ、そもそも生まれてなかったでしょう」

選ばれたからといって特別というわけではなく、それぞれが特別な存在である事にかわりはなく、オーディションに縁がなかっただけということを強調していました。

パクジニョンさんは、人柄が良いなと思いました。

誰もが特別な存在である事を伝え、視聴者の方も自分も特別な存在なんだと感じたのではないでしょうか。

パクジニョンさんの言葉はメッセージ性が強く、素晴らしいですね!

私はオーディションの時にパクジニョンさんがどんなコメントをするかいつも楽しみです。

素晴らしいパフォーマンスの時は、嬉しそうな表情でパフォーマンスをみているなと思いました。

特にマコちゃんのダンスのパフォーマンスの時は、拍手を送り「オーディションを見ながら涙が出たのは初めてだと思います」と嬉しそうな表情で伝えていました。

私もマコちゃんの話している時のかわいいイメージと力強くかっこよく完璧に踊るイメージのギャップに心を奪われて一気にファンになりました。

オーディションだから、誰かを選ばないといけないし、順位をつけていく上で厳しいコメントもしなければいけないと思います。

そんな中でも、誰もが特別な存在なんだというパクジニョンさんには優しさを感じ、オーディションを通して候補生の方々はもちろん、オーディションを見た方々も時運の夢に向かって頑張ろうと思えた方も多かったのではないでしょうか。

私も、若くはありませんが夢や目標に向かって頑張っていこうと思いました。

パクジニョンさんは厳しい面もありますが、とても優しい人だと感じました。

餅ゴリのお気に入りはミイヒ?

餅ゴリさんはミイヒちゃんがお気に入りではないか?

ミイヒちゃんを贔屓(ひいき)しているんじゃないか?

という意見がありました。

でも、ミイヒちゃんはスカウトされるだけあって、とてもかわいいですよね!

もし贔屓だとしても、贔屓したくなる気持ちがすごくわかります。

しかし、ほとんど歌やダンスの経験がなかったにもかかわらず、メキメキと成長し、才能を開花させました。

スカウトした方の見る目はすごいですね!

なので贔屓ではなく、本当に才能があるのではないでしょうか。

才能を持ちながら、努力家であるのは間違いないと思います。

ミイヒプロフィール

名前:ミイヒ

本名:鈴野 未光(すずの みいひ)

生年月日:2004年8月12日(2020年7月現在15歳)

すごく歌が上手くて評価を受けているミイヒちゃんですが、京都にあるティンカーベルミュージックスクールに通っていたそうです。

ミイヒちゃんがJYPに入るきっかけとなったのは有名ですが、大阪のTWICEのコンサートに行った時のスカウトです。

キラッと光るものがあったのではないでしょうか!

ミイヒちゃんはJYP研修生歴は短いながらも、素晴らしいダンスとパフォーマンスで高い評価を受けました。

歌もダンスもうまいと多くの候補生も認めています。

私は、ゴールドのドレスでWonderGirlsの「NOBODY」を歌うミイヒちゃんに衝撃を受けました。

若干15歳のミイヒちゃんはとても色っぽくてとても15歳とは思えない仕上がりを見せてくれました。

パフォーマンスを見ていた時のパクジニョンさんの表情は「参りました」と言わんばかりで、終わった時に「もう終わりですか?」とずっと見ていたいという感じでした。

雪の華もうまいと思いましたが、こちらも上手すぎて感動しました。

餅ゴリさんがミイヒちゃんを贔屓しているかは分かりませんが、お気に入りというのは間違いないようですね!

ミイヒちゃんは、歌もダンスもうまくて、かわいくて完璧ですね!

有名になっても、謙虚さを忘れずかわいくて愛される歌手になってほしいです。

まとめ

今回は餅ゴリは日本語が上手くて優しい?

餅ゴリのお気に入りはミイヒということについて調査しました。

餅ゴリさんは日本語がお上手ですが、この虹プロジェクトをきっかけに日本語を学び、上手くなったということがわかりました。

餅ゴリさんの人柄は、もちろん厳しい面もありますが、優しいということもわかりました。

お気に入りはミイヒちゃんだけではないかもしれませんが、ミイヒちゃんはお気に入りの1人だということもわかりました。

これからもミイヒちゃんを始め、餅ゴリさんやNijiUに注目していきたいと思います。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。